Smiley face
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自宅の庭で笑顔を見せる母の玲子さん=斎藤正彦さん提供

 国内では65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症か、軽い認知機能の低下がみられると推計され、「誰もが認知症になりうる」といわれる。認知症専門医として多くの高齢者に関わってきた東京都立松沢病院(東京都世田谷区)の斎藤正彦名誉院長(73)は、認知症になった母の日記をひもとき、著書「アルツハイマー病になった母がみた世界――ことすべて叶(かな)うこととは思わねど」にまとめた。母が日記を通して教えてくれたことは何だったのか、斎藤さんに聞いた。

 著書は2022年秋に国内で出版され、台湾に続いて韓国でもこの春、翻訳された。だれに見せるわけでもない日記には、老いに向き合い、できていたことができなくなる不安にあらがいながら、懸命に生きる1人の女性の姿があった。

専門医として「研究のために」

 母の玲子さんは07年、82歳のときに大学病院で認知症の原因の一つであるアルツハイマー病と診断され、その翌年に老人ホームに入った。文章を書くのが好きな母の本棚には日記帳がたくさん並んでいた。

 「母の日記を読んだのは、僕が精神科医で、認知症専門医だったから」。ホームに入る母の荷物整理を手伝っていたとき、「研究のために」と頼んで譲り受けた。

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東京都立松沢病院名誉院長の斎藤正彦さん=2025年4月14日、東京都世田谷区上北沢2丁目

 認知症専門医向けの講演会で母の日記のことを話すと反響があり、論文にしようと分析を始めた。ホーム入居後に書き続けたものも含め、分析した日記は認知機能の低下が初めて記述される67歳の1991年から、87歳で亡くなる11年5月までの約20年分に及ぶ。最後の2年余りは日記帳に書けなくなり、ノートに残された断片的なメモなどだった。

 認知機能の低下は、新しく体験したことを覚えているか(記銘力)▽日付や時間、場所、ある人物と自分との関係性などを正しく理解できているか(見当識)▽ものごとの計画を立てて順序通り行動できるか(実行機能)、などの種類とその回数を調べた。感情を表す言葉も拾って「感動・幸福・感謝」「叱咤(しった)・鼓舞」「不調・心配・後悔」に分類し、それぞれ1年ごとの変化を分析した。

「頑張れ! レイコ」

 だが、科学的な論文としては結局、完成しなかった。「母の人生は、こんな味気ないものだったのか?」と、作業がつまらなくなったからだ。

 「母の言葉が表しているのは、大きな障害を持って悩む人の心であって、『認知症の人の心』ではない」

 最初は〈料理が面倒でいい加減なことばかりする〉〈時間を間違えたりミスが多い〉など、加齢による変化でもみられる状態だった。

 やがて、回数が増え始め、加齢による水準を超える。料理の段取りができなくなったり、鍋を焦がしたりするようになり、自信を失っていく。歌集を出すほどの実力だった短歌もなかなか詠めなくなった。

 〈この頃感情もないし心が乾…

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